スポンサーリンク
スポンサーリンク

金魚の歴史を解説!いつ誕生しどのように日本に根付いた?

金魚について

金魚の歴史を知りたい人「金魚の歴史を知りたい、金魚はどこで、どのように誕生したの?そして、日本にはいつ、どこからやってきたのかしら。それに日本に金魚の生産が根付いた理由は?」

こんな疑問を解決します

この記事の内容
金魚の誕生や歴史、そして日本での金魚の歴史について書いています

こんにちは、せいじです。

金魚の日本一の生産量を誇り、日本での金魚の養殖がはじまった、金魚のふるさと奈良県大和郡山市出身、在住です。

さて、日本での金魚の歴史に縁が深い大和郡山市ですが、元々金魚が誕生したのは中国です。

フナの突然変異から金魚となり、そして室町時代に日本にやってきました。

その後、江戸時代に金魚の養殖が盛んになり、現在に至ります。

というわけで、今回は金魚の歴史について書いていきます。

スポンサーリンク

金魚の歴史を解説!いつ誕生しどのように日本に根付いた?

では、金魚がいつ、どこで、どのように誕生したのか、そのあたりについて詳しく書いていきます。

フナの突然変異により金魚が誕生

金魚が誕生したのは今から2000年前、中国南部地方でのことです。

生息していた野生のフナの中に、赤い色をしたフナが発見されたのがきっかけでした。

これが金魚の原種となったのです。

金魚の祖先(先祖)は中国のフナ

金魚の祖先となったのは、中国の「ヂイ」というフナです。

そのヂイの突然変異により、金魚の原種である赤いフナ「緋ブナ」が誕生しました。

その緋ブナを品種改良、固定化したものが、金魚となったのです。

金魚は突然変異と品種改良により広がった

その後、突然変異によって様々な形の金魚が誕生してきました。

フナから和金、和金から琉金、琉金から出目金といった具合に、突然変異同士を交配、固定化し、品種として確立していったのです。

いわば、金魚の歴史は突然変異の歴史といっても過言ではありません。

ちなみに、日本での金魚の品種は、日本観賞魚振興事業協同組合が認定している33種類、それ以外にも中国産などの海外の金魚の品種があります。

正式認定されていない品種を含めると、50種類以上になります。

ところで、この品種という考え方は、日本独特のものだそうです。

金魚が誕生した国、中国では品種というくくりはありません。

金魚それぞれの特徴を楽しむのが、中国の金魚文化のようですね。

スポンサーリンク

金魚はいつ、どこから日本にやってきたのか?

ここからは、日本での金魚の歴史について掘り下げていきます。

金魚が日本にきたのは室町時代に中国から

金魚が日本にはじめてやってきたのは1502年、室町時代の中頃で中国からやってきました。

安達嘉之氏が1748年に著した日本初の金魚書、「金魚養玩草(きんぎょそだてぐさ)」には、室町時代に中国から大阪の堺港に金魚がやってきたことが記されています。

この書には、金魚の飼い方からオスメスの見分けかたまで、事細かに記されていました。

のちの金魚飼育の発展に寄与した書物として、評価されています。

しかし、当初の金魚は貴族や富豪などの高級で珍奇なペットとされ、一般庶民には手が出ないものでした。

また、飼いかた、育てかた、繁殖についても、まだ広く知られていませんでした。

現在のように飼育容器などがそろっていたわけでもなく、一般庶民には長生きさせられる環境もありませんでした。

なので、それほど日本人にとって身近なものにはならなかったのです。

江戸時代に金魚の養殖が盛んになる

金魚が日本に根付きはじめたのは、江戸時代に入ってからです。

金魚の養殖技術が入ってきて、江戸で養殖がはじまったのです。

そして、1724年、奈良県大和郡山の初代藩主として柳澤吉里氏がやってきた際、多くの金魚職人をいっしょに連れてきたことから、大和郡山市に金魚の養殖が持ち込まれることになりました。

江戸の幕末の頃には、藩に仕える武士の副業となり、藩主の柳澤家の強力なバックアップによって大和郡山市の金魚の養殖が盛んになります。

そして、明治維新後は、農家の副業としても広がっていきました。

金魚の養殖が盛んになった江戸中期には、高級だった金魚が庶民でも手にできる値段となり、一般に広がっていきました。

さらに明治維新でペットを飼う、という考えかたが日本人にも根付き、金魚飼育が身近なものとなったのです。

金魚の三大産地

江戸時代の中期には、東京の江戸川区で金魚の養殖が盛んになりました。

そして、江戸の幕末、今から150年ほど前に、愛知県弥富市でも金魚の養殖がはじまりました。

弥富市で金魚の養殖がはじまったのは、大和郡山の金魚商人が、東海道で金魚を売る旅をしていた際、弥富の宿場町で金魚を休ませるために池に放ったのがきっかけとされています。

というわけで、奈良県大和郡山市、愛知県弥富市、東京都江戸川区が、金魚の三大産地となったのです。

しかし、近年はどの産地も規模を縮小しています。

特に、東京都江戸川区の衰退は著しく、生産者がほとんどいなくなりました。

その代わりに熊本県玉名郡長洲町での金魚の養殖が力をつけていて、江戸川区に代わって新しい三大産地の一つとされることがあります。

スポンサーリンク

金魚の歴史を解説!いつ誕生しどのように根付いた?:まとめ

金魚が誕生した歴史と日本にやってきた経緯、そして日本に広がっていった過程について書きました。

金魚の歴史は2000年前と古く、日本にやってきたのは500年前にさかのぼります。

生産が確立されたのは江戸時代からで、それからは庶民の身近な生き物となっています。

特に日本の夏祭りでは金魚すくいが欠かせないものとなり、また金魚は俳句の夏の季語にもなっているほどです。

近年は生産者の高齢化、後継ぎや都市開発の問題もあって、生産量は減っています。

大和郡山市でもあきらかに金魚池が減りました。

しかし、20年ほど前から全国金魚すくい選手権大会が開催されるなど、日本の金魚文化を絶やさないためにいろいろな催しが実施されています。

私も大和郡山市に生まれ育ったものとして、微力ながらブログなどを通して金魚の魅力を発信していけたらと思っています。

そして、ぜひ多くのかたに、飼育、金魚すくいなど、どんな形であっても、金魚に触れていただく機会をもっていただけたらと思います。

日本の金魚文化の再発展を切に願っております。

本記事を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました